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小林秀雄”批評”を読んで思った

2009 年 4 月 20 日 月曜日

小林秀雄、栗の樹(講談社文芸文庫)の中の一遍である。

批評。

この一遍を読んで、長い間の疑問が一つ解けたような気がした。
「ああ、俺のこの文章は、”批評”なんだ」と。

俺と文学を出会わせてくれたのが、この小林秀雄であったことを、以前どこかで書いた記憶がある。
今、俺の書棚には、中身も読まずに買い集めた小林秀雄の全集が並んでいる。

何故に小林秀雄であったのか?
その問いも、この小著、「栗の樹」を読んで来て、謎が解けたようだ。

似ているのである。文章が(笑)

世に起こることに偶然は無いと言うが、全く面白い。
それとも少しおこがましいかな?(笑)

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今、小林秀雄を読むこと

2008 年 7 月 4 日 金曜日

 俺の「書く」事への興味は、最初物語を作る事から始まった。本格的に小説を書いてみようと思ったのはまだごく最近の出来事だが、物語を作るという事は、小学生の頃にはもう行っていたように思う。

 作家になりたい。中学一年の進路希望に、俺は初めてその思いを吐露した。以来小説、否、文学に対する俺の興味は現在も消える事無く続いている。

 前置きが長くなった。今でこそノンフィクションに興味を持つ様になったものの、ずっと文学を志して来た関係からか、俺には文章から、文学的要素を切り離して考える事ができない。これから書くものが、ノンフィクションであっても、文学的な文章でそれを語りたい。そう思うのである。

「十五円もって神田の古本屋に行ってトルストイ全集を買って来て、半年ばかり何んにも読まず、まあ読んで見給え」

 読む事に決めたのが、小林秀雄だったのは、「批評を書いて文学になる」唯一の人物だからというワケではない。強いて言えば、俺に文学の面白さを再発見させてくれたのが、この小林秀雄だったという事だ。

 言った者が、誰一人として実行しようとしない文科学生に向けたこの助言(?)を、俺はこれから実行するつもりだ。この努力の末に果たして何があるのかは、「やってみないと解らない」のである。