ライターの「営業」とは

2010 年 5 月 16 日

太田大八原画展

今日は、左京区の子どもの本専門店「きんだあらんど」で開かれている、太田大八原画展に行った。しかし、その主目的は、「営業」だ。

どういうことか。

ライターの仕事というのは、とかく人との「つながり」によるものだ。「つながり」なくして仕事はあり得ない。これは主として、雑誌ライターに多く当てはまることなのだが、ノンフィクションを書くにしても、「きっかけ」は大いに役立つ。好奇心を拡げるためにもね。

顔をつなぎに行ったわけ、蓮岡店長との。

このように、日ごろから積極的に動くことは、今、既に仕事があろうとなかろうと、ライターには必須の活動だ。習慣と言ってもいい。そしてこのことが、ライターにとっては、「営業」なのである。

当たり前の話だが、「つながり」は、人と人とが直接会うことから生まれる。これは、いかにインターネットが発達しても変わらない(そもそもインターネットは、人が「出会う」場所ではない。つながりが特徴だと言われるTwitterも、その本質は、つながることにはないのだ)。

「きんだあらんど」には、半年ほど前に一度訪れたことがあり、蓮岡店長も、俺のことはちゃんと覚えていてくれた。しかし、何かある度に(何もなくても)、こまめに顔を出す、そんな習慣が、ライターには必要不可欠なのだ。

こんな風に、特に催し物のある時は率先して、俺はできるだけいろいろなところに顔を出す、人と会う(初めての場所も多い)。今日は、そんな、ライターとして当たり前の「営業」というものを伝えたかった。ご参考までに…(笑)

Twitter、ライターとしての使い方を模索する

2010 年 5 月 15 日

ものを書く人間にとって、Twitterは、正直使いづらいツールである。何がやりにくいかって、キーボードで「打った」文章をそのまま投稿するという性質。ブログのように、「手書き」による下書きが、事実上困難だという性質である。

俺がブログをやるのは、純粋には、「文章を書きたい」という欲望からだが、それだけではない「名刺」の役割も持たせたいと思っている。

その意味で、Twitterは、少し趣を異にする。名刺代わりになるツールではないのだ。

そこのところ、もう少しやってみないと解らないのだが、確かに江川紹子さんの言われるように、Twitterでできること、Twitterにしかできないことがあり、そこにはある種の希望のようなものが見え隠れするのである。

馬鹿とはさみは使いよう。言葉は悪いが、Twitterを、ネット上でおしゃべりするだけの「遊び」のツールとして使う人が多数を占める限り、それはやはり、不健全なツールだということであり、この言い方もまんざら外れてはいないのである。

が、これからますます拡がった時に、ライターの角度から(俺の場合)、きちんとした使い方を身に付けていれば、その可能性を生かして、広く社会に貢献できるものと思っている(少し大げさか)。

Twitterを、ここまで使ってみた感想として、好きな人をフォローするというやり方は、(広く勧められているが)それだけでは全く意味がないと悟った。

ひとまず俺はライターだから、できる限りライターをフォローして、ライターの日常(?)の中に自分の身を置いてみようと考えている。おそらくそんな中から、「ライターの角度」というものが、自ずと見えてきそうな気がするのである。

何やかんや言っても、Twitterは、これからのツールである。正しく使えば非常に有益だと思う。これからライターを目指す人には特に、ぜひ、その可能性を試して欲しいツールである。

今、フリーペーパーの制作について

2010 年 5 月 12 日

今、ここにきて、フリーペーパーが現実味を帯びてきた。フリーペーパーに関しても、散々悪く言ってきた俺だが、ライターとしての営業、そして情報発信のツールとしては良い(また勝手な)。

以前、フリーライターの高橋マキさんに言われたことだが、ライターになりたい人が、「ライターになること」を目標にするのは違うらしい。これを俺なりに言えば、ライターになりたいイコール、それは何か「伝えたいこと」があるワケで、それを「伝える」活動を行っているその行動自体が、すでにライターなんだということ(少しややこしい?)

俺はライターとしての高橋マキさんは買っていて(Twitterもフォローしている!)、ゆえにそのアドバイスも素直に聞き入れているのだが、要は、俺の「伝える」活動の一つとして、このフリーペーパーの企画があるというワケだ。

何か、ライターの根本を突く話だよね、これは。やはり、ライターになろうなんていう人は、初めからちゃんと「伝えたいこと」というのを持っていて、それは高橋マキさんのような、「雑誌ライター」でも変わらないということ。

この間少しブログを留守にしている間、そんなことを考えていた。

あ、それから、繰り返しになるが、このフリーペーパー作りというのは、これからライターを目指す人にとっても非常に現実的で、かつ有効な手段であるため、ぜひ営業の一環として、取り入れてもらいたい。必ず大きな力になるから。

もちろん、「伝えたいこと」が見出せての話だけれども…。

↓参考までに
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Twitterのこと。

2010 年 5 月 10 日

Twitterを始めた。さんざん文句を言ったあげく、始めてみればどうってことない。ブログよりも簡単かもしれない。しかしこれがこれが…スゴいツールではある、確かに。

Twitterが誤解されやすい(俺もそうだった)のは、世に出る関連書籍が、「ビジネス」をキーワードに書かれたものばかりであるからだろう。出てくる名前出てくる名前、全てが、勝間和代や堀江貴文、佐々木俊尚じゃあイヤになるのもムリはない。

俺をその不信感から解き放ったもの。それは、ある日の朝日新聞に掲載された、江川紹子氏の記事だった。江川氏は、あの「オウム真理教」騒動の時に活躍されたジャーナリストだ。その江川氏が、Twitterに希望を見出していたのだ。

それなら俺も、と思い、始めたTwitter。意外にまともな人が多い(笑)というのが今の印象。まだつぶやいてないけどね。確かに、Web2.0と言われる、これまでのツールとは感じが違う。ただ言えるのは、こういうものは無目的に遊びで使うものではないということ。きちんと目的を持って使わないと、それこそ時間をムダにするだけだろう。

ウェブはバカと暇人のもの」というのは、Twitterにも当てはまるようだ。

さてさてそんなワケで、晴れて俺もTwitterデビューを果したワケだが、これからは当然、この”いちごjam”とTwitterとの連携ということで、ブログの持つ意味も少し変わってくる。

今回1ヶ月以上の間を空けて、再び記事を書いたのには、実は「手探り」ということもあるのだ。2年半この”いちごjam”をやってきて、その良いところ悪いところはしっかり把握しているつもりだ。

さらに魅力的になる、この”いちごjam”をどうぞよろしく…(笑)

田中弥生著、NPO新時代を読んだ

2010 年 3 月 24 日

NPO新時代

市民性創造、その一点において、NPOの可能性を、改めて確認した気がした。市民が自ら社会を作る、すごいと思った。これからの時代に、NPOは、もはや欠かせないだろう。

今回の読書「NPO新時代」は、田中弥生さんの著書ということもあり、昨年書店で見つけて買っておいたものを読んだのだったが、NPOの評価の方法など多少の難しさはあったものの、参考文献も充実していて、市民活動を学ぶ最初の一冊としては、大変面白く読めた。

学者が書いたものとしては、意外に誤字脱字が目立ったのが気になったが、カタカナ語が多いのは、市民活動が、日本にはまだまだ根付いていない証拠だろうと思い、この分野の先駆けである、英米語を学ばなければと強く思った。

日本語にはない概念があるのだから…。

この本でしきりに言われているのが、NPOは、「量から質へ」ということだった。俺の頭には、常に、これまで関わって来たNPOのことが浮かんでいた。ことNPOに関しては、俺は素人ではない。

思えば今まで、「本物のNPO」を知らずに来た。考えたこともなかった。おそらく、俺に限らず、NPOの当事者なんてそんなものなのだろう。

さあ、もっと勉強しないと。俺の市民活動は、ここから始まるのだ。今、何が求められていて、俺には何ができるのか。まだまだ学ばなければいけないことは多い。

今、改めて、企画を持って営業を

2010 年 3 月 22 日

2010年新年の抱負に書いた、「月1本企画提案」ではないが、最近雑誌の仕事を得るための営業を、全く持ってやっていない。本命のノンフィクションではまだ稼げない以上、これでは実質全くの無職ではないか…(汗)

本当のところ、雑誌ライターとは不便だと思う。興味のないことでも、言われたら動かなければいけない。それが仕事だと言われてしまえばそれまでだが、フリーで生きると覚悟を決めた以上、避けては通れない道だと思う。

グダグダと書いているだけでは何なので、ここで一つ、フリーで仕事を得るのに役に立つサイト(ブログ)を紹介しよう。

フリーのイラストレーターを目指す方の独立応援ブログ

このサイトの対象者は、フリーでイラストレーターの仕事を探している人、だが、ライターであろうが、イラストレーターであろうが、「売り込み」が必要だという点では変わらない。サイト自体も良いが、メルマガのバックナンバーは、営業をするのに非常に示唆に富んでいる。参考にして欲しい(俺もか)。

フリーライターの永江朗は、「書いて稼ぐ技術」という本の中で、企画を売り込むことを勧めている。俺も、これまでの営業を振り返ると、ただ会って、名刺を交換するだけでは、とても仕事には結び付かないと実感している。経験があっても、未経験でも同様だ。

何か改めてになるが、やはりフリーで仕事を得、生きて行くには企画を持って地道に売り込むしか方法はないと思う。厳しい世界だが、頑張って行きたい。

ライターの仕事道具紹介、「紙とペン」

2010 年 3 月 19 日

「何か書くものと紙さえあればできるのが、私にとってのこの仕事の魅力なのである」

教科書の中で、野村進さんが述べている言葉だ。
ライターの仕事とは、実際「ペンと紙」で済んでしまうようなところがある。ところがある、と書いたのは、編集者とのやり取りや、聞き漏らしが許されない取材などでは、どうしても、電子機器が必要な場合もあるからのことだ。

そこで、一体ライターの仕事には、どのような道具が使われるのか、また、あると便利なのか、私見だが、何かの参考までに書いて行こうと考えた。

今回は「紙とペン」だ。そんなもの何でもいいだろうという方、その通り、実際は何でも良い。だが、使っていて使いやすいものというものはあるものだ。俺の経験から紹介しよう。

まずペンだが、こと取材の時にノートを取る用に使うというのであれば、あまりに書きやすいものはオススメしない。むしろ少し引っかかるくらいに堅い書き味のもののほうが、書き続けていると「書いている」という実感が持てていい。逆に書きやすいものは、筆がスベッてきて、書いた文字も歪んでくる。

いずれにしても、「愛着」は大事。俺は芯を交換して、学生の時から同じものを使っている。

次に紙(ノート)。こだわるのは大きさ。この場合も取材時を想定してのことだが、これは教科書にもある通り、A4判80枚のノートが良い。ちょっとしたメモは、別に小さなメモ帳を持つ(この辺りも教科書に詳しい)。

実際に取材してみれば理解できることだが、普通の大きさ(B5)のノートだと、結構書けるように見えて、走り書きではスペースが狭すぎる。80枚という量は、ページがはがれてこないギリギリの量。まとまりは大きいほうが、普段使いに良い。

以上、「紙とペン」。簡単に述べた。これはあくまでも、教科書を参考にした俺の経験からの助言だが、ぜひ参考にして欲しい。道具については、これからも折りに触れて書いて行きたいと思う。

新書、クラウド時代と<クール革命>を買った

2010 年 3 月 18 日

クラウド時代と<クール革命>

またつられて余計なものを…。今回の「クラウド時代と<クール革命>」を、そんな風に、一笑に付してしまうことは、簡単かもしれない。実際、こういうIT関連の本は、タイトルやキャッチコピーにつられて買っても、驚くほど中身がない(またはつまらない)場合がほとんどだからだ。

しかし今回は違う。それは、内容が良いという意味ではなく、俺自身が、ある程度中身を見た上で(つまらなさは案の定だった)、しっかりとした目論見を持ち、購入したものだからだ。

角川の主張というものは、以前どこかですこぶる丁寧に説明を受けたことがある(望んでもないのに)ので、理解しているつもりだ。

だが、ここで大切なのは、その、相変わらずの、代わり映えしない主張(笑)よりもむしろ、角川という大手の「出版社」(の代表)が、書き手であるということだ。嘘でも一応はメディアに深く関わってきた、その造詣に期待したいのである。

意味は違うが論より証拠。その考えが正しいのかどうかよりも、「出版社」として生きてきた「証拠」を見せてほしい。引いてはそれが、一般市民では知り得ない詳報だったり、考える指針としての論の提示という形で、広く公に資するものだと思うから。

今朝、たまたま見た新聞広告で目を付けておいたこの書籍。IT論は聞き飽きた、といったような人にも、何か、「考えるヒント」を与えてくれそうなのである。読むのが楽しみだ…(笑)

市民活動のオーソリティーに

2010 年 3 月 13 日

少し早い告知になるが、市民活動メディア(勝手な仮称)なるものを、立ち上げる構想がある。前々から言っているところの、「フリーペーパー構想」だ。

で、だ。今の俺ではまだまだ勉強不足であるため、これから少し意欲的に学んで行こうと考えているワケだが、ある分野でオーソリティーになるためには、ノンフィクション作家の本田靖春にこんな言葉がある。

「自分に関心のある分野でひとかどの人間になりたかったら、一月に二、三冊でいいからその関連の本を読むことだ。それを三年続けたら、その分野ではオーソリティーになれる」

つまりは、本を100冊以上読めということのようだが、それにしても、まだこれから、3年の月日を要する。その間、本からでなく学ぶことも多いだろう。何より、3年経てば、今と状況が大きく変わってしまう可能性も否定できなくある。

そこで考えているのが、俺自身の学びの様子をブログに綴って行ったらどうかということ。もちろんココとは別に、それ専門のブログを作り、書く。そして、いずれは、そのブログの内容を基に、本にできたらいいなと考えている。

こういった市民活動に関わる活動は、何らかの形で行いたいと考えていた。もちろんこのブログ構想だけでなく、別の活動も併せて行うかもしれないが、とにかく一案、よい考えが浮かんだので、書き記しておこうと思った。

また、動きがあれば報告する。俺にとってはやはり、ココがベースなのだから。

[取材日誌]NPO法人、阪神淡路大震災1.17希望の灯り(HANDS)を訪ねた

2010 年 3 月 12 日

HANDSドア

3月10日、水曜日、天気は、雨。

神戸三宮からさらに地下鉄で数駅、和田岬という駅から歩いて5分、パン屋横の路地を少し入ったところにその事務所はあった。よく目を凝らさないと、うっかり見落としてしまいそうなドアに、阪神淡路大震災1.17希望の灯り事務局、とプリントされた紙が、貼り付けられていた。

行こう行こうと思いながら、時間だけが過ぎ、ようやく重い腰を上げたのはいいが、それでも渋ったのか、現地到着はすでに午後4時半を回っていた。

ドアの向こうの狭い階段を上り、薄暗い2階にある本扉(だった)をノックすると、はあいと言って出てこられたのが、当NPOの元理事長、白木利周さんだった。

「ちょうど帰ろうと思っていた」、そう言って笑う白木さんは、何も言わずにいきなり訪れた俺に、快く話を聞かせてくれた。

…とまあ、日記調に書いていると、何だかとてつもなく長くなりそうなので、やめておく(苦笑)

本当を言うと、この日はあいさつ程度で、時間も遅いのでまた後日、訪れようと思っていたのだが、団体の活動を中心に(俺が訊いた)、懸命に話してくださる白木さんの話に、ついつい俺も質問など投げ掛け、結局一時間以上話し込んでしまった。

こういう場合にノートは取るべきなのかと迷ったが、結局一部を除いては、書くことはしなかった。この点の見極め、対応の仕方などは、これから、自分の方法を見つけて行ければと思っている。

HANDS資料

HANDS本

さて、内容だが、HANDSのことに関しては、ちょっとしたお土産程度に資料(本も)をいただいてきたので、それを読めばいいとして、今回の収穫は、俺が現時点で最も知りたい、震災当日の詳細(天気など)と、テーマに深く関わる「心のケア」に関する情報が、得られそうな場所を紹介していただいたことだ。

阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター

兵庫県こころのケアセンター

それにしても俺、こういう飛び込み取材(?)が好きだなあと思う。前もって、日時や場所を決めて臨む取材より、その日その時の出会いから始まる取材。何とも言えない醍醐味がある。雰囲気も、作りやすいしね。

阪神大震災1.17希望の灯り

HANDSブログ

名刺を交換して、「また来てください」と言ってくださり、俺も「また来ます」と言って別れた。本当に必要ならば、また、訪ねることになるだろう。

HANDSはるかのひまわり

さあ、ようやっと一歩を踏み出した感じだ。ノンフィクションの取材とは、多分、こうした出会いの繰り返しの中から、自分のテーマの「形」も見えてくるものなのだと思った。これからも、決して速くはないが、マイペースで、一方で勉強もしながらも、取材を続けて行きたいと思った。