2010 年 2 月 3 日
取材というものを考える時、書くスピードが遅いのが、最大の悩みだった。しかし、取材の大先輩いわく、できるだけ書くな、と。
取材に関してよく言われることに、本当に良い取材をするためには、まず紙とペンを捨てよ、という名言があるのをご存じだろうか。
例えばテープレコーダー。出した瞬間に、取材相手はどれだけ緊張するだろう、と考える。その緊張感を考えたら、紙とペンを捨てよ、の精神も見えてくるというものだ。
そのためかどうかは解らないが、ノンフィクションの世界には、「暗記取材」というものが存在する。要は、ポイントポイントとなる言葉を覚えておいて、取材後にその穴を埋めてゆく、というものだ。紙とペンを捨てることが、どれだけ大事かは、世にあるノンフィクションの傑作が、多くこの「暗記取材」によって書かれていることからも、容易に了解できる。
さて。では、俺は今回の取材で、「暗記取材」を試みるのか。実はそれも考えた。だが、それでは大先輩に言われた、書く癖をつけるな、という教えに反することとなる。
全くノートを取らない、これが俺が出した答え。全ての取材にこの方法が通用するかは解らないが、取材準備を進める内に思ったのだ。書かなくてもいける、と。
これから取材を繰り返す中で、もちろん「暗記取材」も習得していくことになるだろうが、ふと、取材の原点に立ち返った時、何も使わない取材というものが、とても大切に思えたのである。まあ、場合にもよるだろうけど…(笑)
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2010 年 2 月 2 日
加藤わこさんのブログは、ライターのお手本だった。
先月の編集会議で、仲間の記者さんから教えていただいた、加藤わこさん。ITにも通じていらっしゃるようで、改めてブログも見事なものだ。
プロフィールを見ると、現在はICTがどうのと書かれている。まあ、それにしても、一度お目にかかりたいものだと思う。興味津々(笑)
ライターと言えば、以前お会いした高橋マキさんは、残念ながらITには疎く(興味がない)、ただやっているだけ(本人談)のブログだったが、それでもあれだけ読者を惹きつけるものになっているのは、さすがだと感心したものだ。
ところでところで、実はこの二人、あるところで繋がっていた。それは、俺がこの間訪ねた、カフェ「日杳」。ここの店長さんと、加藤わこさんとは、お子さんが同じ年らしく、よく知った仲だとか。そして、高橋マキさんは、ヤマグチノリコさん繋がり。
この「日杳」というカフェ、実はかなり有名なんだそう。良い空間には、人が集まる、ということか。当分、目が離せないカフェである。
今日はこの、加藤わこさんの紹介でした。必ず会ってやる…(笑)
タグ: 加藤わこ
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2010 年 2 月 1 日
近く、取材で、アレルギー支援の団体の話を聞くことになった。敢えて団体名を出さないのは、媒体掲載前に、情報を出し過ぎるのを懸念してのことだ。配慮、配慮、…(笑)
もちろん団体を取り上げる取材だ。その活動内容から、これからのビジョンまで、基本的なことは聞く。
しかし、取材準備を進める中で、やはり個人的に、ここは話をしたいといったポイントがある。ある意味そういった部分が、記事の中核をなしていくものなのだが、今回はそのポイント(2点ある)をここで書きたいと思う。
まず、アレルギーというのは、かなり一般的に見えて、実は世間には、まだまだその実態は十分に伝わっていないのだということを断っておく。
その上での2点。
1つ目は、アレルギーの子どもを持った母親が、過去の経験を綴った中にあった、この言葉。
「アレルギーに限らず様々な課題をもって子育てをしている人たちのことも知ることができました」。
つまりは、世の中には目には見えない苦労を抱えている人がいる、ということを「想像」できるようになったということ。「想像」とは俺の言葉(正確には友人の言葉)だが、この想像力というのが実はすごく大事で、ある意味何らかの当事者でないと解らない視点でもあるのだが、しかし、それにしても尚、これからの時代、この、他人に対する「想像」ということは必須だと言える。ちなみに、この想像力のない人を、俺は「阿呆」と呼ぶ(笑)
2つ目は、もう少し当事者に突っ込んだところの、「家族の理解」ということ。一見最も近いようでいて、実際難しいのが、この「家族」である。そして、この「家族の理解」が得られるかどうかは、当事者の幸不幸を左右する、大きな難関となる。その実態を、聞いてみたい。
少し長くなったが、この2つのポイント、誰にでも聞けるものではないと自負している。そして、だからこそ、これらをしっかり聞くことで、俺独自の取材ができたということができるのである。
取材が楽しみだ…(笑)
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2010 年 1 月 29 日

木の香りがした。叡山電鉄茶山駅から歩いて五分のところにあるこの店は、以前リヒトアルトの山口さんに紹介された、「左京区デ読書」の会場として案内されていた時に目を付けた、「お気に入り」だった。
狭いな、と思った。イベントの会場となるくらいだから、住宅街にあってもそれなりの空間を予測していたのだ。けど、座ってみると、居心地は良かった。テーブルも大きく、返ってゆったりと感じられたものだった。
平日の夕暮れ時、お客は俺一人だけ。店員さんは、二人。応対してくれたのは、少し人見知りする感じの、でも慣れてくるととても穏やかで温かい、女の人だった。
出されたお茶(お水ではない)の横に、小さな冊子が一冊。どうやらこれがメニューらしいと遅れて気づき、ジャバラ式のそのメニューを広げる。決して数は多くない。一通り見て、目に付いたのがカレー。今からでも出せますよと言ってくれたが、ここは閉店間近、お腹も減っていなかったので、オーソドックスにホットコーヒー…ん?アイスは無かったかも、を頼む。
出てきたコーヒーは、味がしっかりしていて量もある。これでお腹いっぱい(笑)添えられたクッキーは、どこか昔懐かしい味。そう言えば、先に飲んだあのお茶も…。
店は、空間としては本当に狭かったが、どこかアンティーク調(?)そう言えば、この店員さんは、造形大出身だとか。うーん、なるほど。所狭しと立てられている雑誌も、芸術関係のものばかり。おっと、絵本もあった。
常連になってやる、店を出てそう思った。良い店と出会った。これからが楽しみだ…(笑)
↑せっかくいい店を見つけたと思ったら、この本に載ってた…(汗)
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2010 年 1 月 28 日
典型的な文体を持つのは、例えば江國香織、英語を話せる人間の典型的な日本語だよね、彼女の小説は。
最近読んだ、寺島実郎の文章は、それこそ異質で、それは恐らく、寺島実郎が数カ国のことばを扱えるからのものだと思うのだが、そこから俺は、文体というものを思った。
今書いている、俺の、自分自身の文章を、自ら客観的に判断することは難しいが、俺も、物を書く人間である以上、独自の文体を持ちたいと、そう思ったものである。
それにしても、俺はズボラだから、外国語を身に付けることはないだろうし、だとすれば、日本人独特の「文体」を持ちたいと思うのである。
日本人独特と言えば、一番に思い浮かぶのが、司馬遼太郎の文章だが、もしかするとアレは、文体ではないのかもしれないという杞憂から、俺は、小林秀雄の文章を思い起こすのだ。
読む人のことを考えて書かれた(少なくとも本人はそう言っている)小林秀雄の文章は、難解に感じつつも、何か、絡み付くような魅力がある。
自分独自の文体を持ちたいなどと、ライターにあるまじき考えを持つのも、また、一つの「贅沢」かな、と思うのである…(笑)
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2010 年 1 月 25 日
今日は、ひと・まち交流館京都で、NPO関連の資料を物色(笑)していたのだが、そこで俺は、改めて、NPOというものの可能性を思った。
余談だが、「思う」という漢字は、大和ことばがどうので、司馬遼太郎は決してこれを使わずに、「おもう」と書いたという(ホントに余談…笑)。
話は戻って、NPOと一概に言っても、日本ではその範囲が広く、自分で名乗ってしまえば、というところも実際ある。
この正月、久しぶりに旧友と会った時にも、「NPOって何なんや」と訝しまれた。その友人は、仕事で、NPOを名乗る団体から騙されていたのだった。普段NPOと関わる機会がないだけに、知らないからなおさら、「何なんや」ということになる。
確かにこういった側面も、否定できない事実としてNPOにはあるワケで、全てが全てすばらしい活動をしているわけではないかもしれないが、ただ一つ、一つでいいから「本当のNPO」というものを見て欲しい。こんなに純粋なものはないから。
公があって企業があってNPOがある。ゆえにNPOは第3セクターと呼ばれる。第3セクターの役割などは、俺もまだまだ勉強しないといけないが、こういったすばらしい活動が、全国に散らばっているのは確かであり、そこに一つの「希望」が見えないだろうか。
俺自身は、こうした希望のタネが散らばっているのは、非常に惜しいと思うので、これらを繋ぐネットワークを作ろうと、以前フリーペーパーを企画した。そしてその思いは、今も変わらずここにある。
結局俺は、そうしたNPOの繋がりに、ある可能性を見ているのだと思う。社会を変える、という可能性を。
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2010 年 1 月 23 日

寺島実郎を評価するのは難しい。その容貌を見ただけでも、十分に、「ひとかどの人物」であり、さらに、この「世界を知る力
」で示した見識の広さ、深さは、それを証明するのに十分だとさえ言える。
一点。たった一点腑に落ちないところがある。それは、世界を知る力というタイトルの本の中で、インターネットの進化をちゃんと評価していないところだ。
ご存じの通り、インターネットは、数年前に「ウェブ進化論」が書かれ、Web2.0に入ってから、そのコミュニケーション性をますます高め、現在のTwitterへと進化してきた。
俺が残念だと思うのは、歴史は一度進んでしまえば、もう後戻りできないということだ。
少し前に、養老孟司は、雑誌「考える人」の中で、インターネットについて、「インターネット上にあるものは、全て過去のものだということを認識する必要がある」という意味のことを書いて、インターネットを評価していて感心したものだった。
しかし寺島実郎は、何も書かない。漏れているかもしれないが、この本以外のところでも、書いているのを見たことがない。
ところで先の養老孟司のインターネット評は、中々に見事で、Web2.0に代表される、コミュニケーション性を敢えて無視しながら、インターネットの真実だけを簡潔に述べている。今、多少なりとも世の中を語ろうとするものは、最低限、こうしてちゃんとインターネットを否定しておくことが必須なのである。
寺島実郎「世界を知る力」は、論客寺島実郎の見識を示し、読者に有益な情報、ものの見方を伝えるという点では非常に優れた書籍だろう。読む価値は十分にあると言える。
ただ、著者寺島実郎に関して言えば、やはりあと一歩足りないというのが俺の評価である…(笑)
タグ: 寺島実郎, 養老孟司
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2010 年 1 月 22 日

「東大は賞を出すほうだ。もらうほうじゃない!」。かつて京大出身の利根川進氏が、ノーベル賞を受賞した時、また京大出身の研究者がノーベル賞を取りました、との電話に対して、養老孟司はこう言って電話を叩き切ったという。
今月号の中央公論
は、「大学の敗北」という特集をやっており、その中(巻頭)に、養老孟司の文章が掲載されている。
養老孟司と言えば、数年前、新潮新書が創刊された際に出された「バカの壁」の大ヒットを思い出す人も多いと思うが、このようなベストセラーを持っている割には、その著書は決して多くはない(目に付くものが少ない、と言ったほうが良いか)。
しかし、今回の中央公論での扱いを見ても、決して無視はできない(注目すべき)論客だと俺は見ている。
今回の「大学の敗北」(冒頭)にしても、どこかで書かれていたインターネット論にしても、さすがに齢70を越えているだけあって、非常に深く考察された言葉を書かれる方だと思う。加えて、ユーモア(毒舌)もある。
養老孟司には、不勉強な編集者を「勉強しなおしてこい」と叱りつけたエピソードもあり、取材対象としては、決して良い人物とは言えないが(苦笑)、俺のように、養老孟司の文章が載っているからという理由で、今月号の中央公論を買った人は案外多いのではないだろうか。
いずれにしても、貴重な「ご意見番」なのである…(笑)
タグ: 養老孟司
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2010 年 1 月 21 日
ううっ…風邪を引いてしんどい…(苦笑)
昨日、1月20日(水)、舞鶴医療センターにおいて、とある催しが開催された。ホッとアートプレゼント。その事業の名前。
この事業の京都での主催、NPO法人京都子どもセンターは、俺が昨年出合った、数多くの団体の中の1つだ。そして、この、ホッとアートプレゼント事業こそ、現在俺がノンフィクションとして追っているものであるワケ。
事業内容は、小児科病棟に入院している子どもたちに、プロのパフォーマンスを届けようというもので、昨年全国8ヶ所、今年は全国20ヶ所で実施され、この、京都での公演が、2009年度の最終公演だった。
俺がこの事業に出合ったいきさつは、出なくてもいい会議に顔を出した(笑)ところ、それが、この事業の最初の最初、京都府での事業受け入れ先が京都子どもセンターに決定する会議だったのだ。
しかも、その決まり方がとても素晴らしく、慈善活動と言うのかな、まさに、見返りを期待しない、純粋に子どもたちのために、と、決まった瞬間に俺は感動してしまった(笑)これを是非まとまった文章にしたいと、その場で事業に関わらせてもらえるようお願いした次第だ。それが昨年8月のこと。
そしてそして本番が昨日。風邪も治りかけていたので(入院している子どもたちは、免疫力が低下しており、基本健康な人でないと病棟には入れない)、5日前から付けていた健康チェック表を見てもらい、何とか参加できたワケ。
そして無理した分今になって…(苦笑)
さあ。本番当日を終えて、今日も少し考えていたのだが、俺にとっては「これから」が本番なので、まずはじっくり構想を練りたい。その上で取材をし、1つまとまった文章に仕立てたい。
一体自分にどこまでできるのか、初めてのことでもありまだまだ不安も多いところだが、「これから」頑張ってやりたいと思っている。
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2010 年 1 月 19 日
今日、初めて編集プロダクションというものに、営業に行った。編集プロダクション、いわゆる編プロへの営業は、とある雑誌に営業に行った時に、そこのデスクさんに勧められた方法だ。仕事ももらえるかもしれないし、アルバイトで潜り込めば、いい勉強になるから、と。
編集プロダクションは、数がある。ネットで少し検索しただけでも、地方にも関わらず、かなりの数ヒットする。昔、聞いたところによると、編集プロダクションは、関西圏だけで200から300あるということだ。
調べないワケないでしょ(笑)
しかし、だ。今日営業に行って学んだこと。立場的にはライターと競合するものなんだ、編集プロダクションって。どうしても人手が足りない時に、たまに外部のライターを使うことはあるけれども、基本は社内で仕事をこなそうとする。仕事を得るつもりなら、営業に行く価値はほとんどないと言えるだろう。もしあなたに、何か決定的な専門分野でもあれば別だけど…。
編集プロダクションの仕事は、出版社や雑誌に営業して仕事をもらうことからも、基本的にライターと同じだと思っていい。そして、そのことから言うと、編集プロダクションにアルバイトとして入るというのは、ライターの経験を積めるワケで、意味のあることだと言える。
まあ、何やかんや言っても、ライターの営業先としては不適切なワケで、むしろ数が多い分、ライターにとっては競合が多いということ。また墓穴を掘ってしまった…(汗)
ということで、俺はまた企画の売り込みに専念する。それが唯一の方法だと解ったから…(笑)
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