ノンフィクションメディア「G2」、満を持しての創刊第3号

2010 年 3 月 9 日

「G2」、創刊第3号

iPadは、4月3日に発売されるという。書籍のデータ化も、ついにここまで来たかと、紙媒体を主な仕事場とする俺などは、正直少し哀しい気持ちにもなるのだが、まあコレも現実、仕方のないことだ。

さて、今回の「G2」は、3月5日に書店に並んだ。目次を見て思ったのは、「G2」の編集方針はこの方向で行くのだな、ということ。さすがにノンフィクションメディア「月刊現代」の後継として創刊された同誌だったが、創刊号刊行当初は、いつまで続けることができるのだろうという不安が、やはり先立っていたというのが実際のところだろうと思う。

ここに来ての「FREE」特集。正直その執筆陣の名前を見た時には、いささかの疑念も抱いたが、今は、時代の流れを真正面から受け入れて、今後の指針を考えて行こうとする、同誌の姿勢に大いに納得するとともに、これは、この「G2」は、これからのメディアの行く末を考える際に、一つの基準を打ち立てるものになるぞと直感した次第である。

ホリエモンや小飼弾などの発言を載せても、正当な雑誌の地位が揺らがないなんて、この雑誌だけだよね(笑)

以前、「G2」創刊当時にも書いたが、その時以上に記して置かなければならないのは、メディアに関わる俺みたいな仕事をする者にはもちろんのこと、これからiPad等の使用者となる、一般の人々にとっても、「G2」は決して無視できないメディアとなったということ。

よーく、注目してもらいたいと思う…(笑)

これからライターを志す人のために

2010 年 3 月 6 日

ライターの仕事って不思議だね。いつだったか書いたように、ライターの仕事は、えてしてノンフィクションに収束する。その意味合いで言えば、誰でも、今この瞬間から、ライターの仕事ができるんだ。まさに、名刺を持てば…だね(笑)

今、神戸の震災を取材していて、何がしんどいかって、自分ひとりだということ。仕事なんていうと、当然のように、どこからか発注されてやるものだと思うかもしれないけど、実はそれは、ライターでもかなりラクな部分を取り上げたもの。

ライターとは、自ら動くものなんだ。

昔読んだ、ライターの入門書に、ノンフィクションライターの与那原恵さんのこんな言葉が書かれていた。

以下引用。

「フリーランスこそ、なんの依頼がなくても自分を奮い立たせて、自分の興味の持ったことに関して取材をしていくモチベーションを維持するのが、一番大変です。依頼されて動くことは、実はどうってことないんです。」

「…そして根底にあるのは、やはりそのテーマについて書きたいという欲求なんです。だから、漠然と雑誌ライターになりたいっていうのはだめなんでしょうね。歌手になりたい、ではなくて、どういう歌を歌いたいかが大事なのと同じ。やっぱり、書きたいことがちゃんとある人がライターになっていくんだと思うし、そうあってほしいです。」

俺が掲げる、ライターとは書きたいことがある人がなるものだ、という精神は、この言葉に感銘を受けたもの。おかげで苦労もするけどね(苦笑)

ライターには誰にでもなれる。簡単なんだ。だけどそれは、自ら動く、ということなしにあり得ないものだし、その「しんどさ」を乗り越えないことには、続けることはできないと思う。

今の俺は、その「しんどさ」を前に苦しんでいる真っ最中というワケだ…(笑)

フリーペーパーとは「悪」なのだ

2010 年 3 月 5 日

フリーペーパーとは浅薄だった。

俺の関わるあるところの機関誌が、何らかの採算性を経て、独立した紙誌になろうとしている。そのために今、編集会議では、広告収入の話が持ち上がっている。

ふーんと聞いていて思い当たった。このまま行けばこの機関誌、フリーペーパーになっちゃうんじゃないの?と。

詳しく言うとこの機関誌、組織に属するといっても、取材からレイアウト、デザインに至るまで全てをボランティアスタッフで作っていて、その内容も、NPOなどの注目すべき市民団体の紹介と、広く一般市民に資するところのある、「市民活動」だと言える。

さて、そこで、フリーペーパーだが、こういった情報発信の誌が、フリーペーパーになってしまうことには、次の二点により、明確に反対しなければならない。

一点は、情報がタダで流れることへの危惧から。そしてもう一点は、それ自体がボランティアの慈善活動とも言える、この情報発信のようなものは、慈善活動だからこそ、これからは「ボランティア」ではいけない(有料であるべき)ということから。

思えばブログなんかやっているせいか、俺自身、インターネットに犯されてしまっていたのかもしれない。フリーペーパーとは「悪」なのだ。そのことに気づかずに流されかけていた。これを機に、大いに反省したいものだ。

小説を書くように〜取材の進め方

2010 年 3 月 4 日

ノンフィクションを書こうと決め、実際に取材をしようと考えた時、最初、どう動いて良いのか解らなかった。取材といっても、何を調べるのか、取っ掛かりがなかったのだ。

教科書には、とにかく現場に行くこと、と書かれてある。不親切極まりない(苦笑)

ただ、何とか取っ掛かりらしきものを見出した今になって思うと、とにかく現場に行くこと、というのは、実に的を射ていると思えるのだ。
(いや、でも取っ掛かりは必要だろう…)

動けないまま時間が過ぎ、何とか俺が見つけた取っ掛かりとは、「小説」だった。詳しく述べよう。今さらではあるが、俺はノンフィクションの作品を一冊きちんと読み通したことがない。言わば、ノンフィクションの作品の完成形を知らないのだ。言うまでもなく、知らないものはイメージできない。

そんな時考えたのが、「小説」なら解る、ということだった(ダテに小説を書いてない)。書こうとする作品の、完成形がイメージできることは、これは大きなことだった。例えば夢でも、それをイメージすることで、その時にやるべき道筋が見えてくる。それと同じだったのだ。

まるで小説を書くように。俺は、作品の完成形を「小説」でイメージして初めて、時々の取材に、道筋を付けることができたのだ。

以前、取材に取材を重ねて書かれる司馬遼太郎の小説を、ノンフィクションと対比させたことがあったが、俺の作品も、もしかしたら、小説めいたものになるのかもしれない。実際、その方が良いのかも、とも思っている。

まあそれ以前に、ノンフィクション作品をもっと読めという話だけどね…(笑)

”いちごjam”第三弾、スタート!

2010 年 3 月 3 日

俺の日頃のものの決め方に、思い立ったが吉日、というものがある。世には日にも吉凶があって、特に何かをスタートさせる日というものは、慎重に選ばれるものだと思うが、俺はそんなことはしない。

実際は、 ずいぶんと迷った。このブログの書き方もそうだし、新しく別の場所に立ち上げようかとも考えた。

2005年に、初めてブログを立ち上げて以来、気が付くと、一番自然な形で更新していたものが、今のこの形だったこと。やはりそれが、一番「良い」形なのだと思った。

これからも、これでゆく。

さて。我が”いちごjam”は、過去に二度のデザインも含めたリニューアルを行っている。今回は、デザインこそ変わらないものの、三度目のリニューアルとしたい。

え?どこが新しいのかって?

それは中身、書く内容…と言いたいところだが、果たして本当に変わるのかどうかは解らない。ただ、意識だけは確実に変わっている。

そんなワケで、”いちごjam”第三弾、スタートです…(笑)

紙とペンを捨てよ

2010 年 2 月 3 日

取材というものを考える時、書くスピードが遅いのが、最大の悩みだった。しかし、取材の大先輩いわく、できるだけ書くな、と。

取材に関してよく言われることに、本当に良い取材をするためには、まず紙とペンを捨てよ、という名言があるのをご存じだろうか。

例えばテープレコーダー。出した瞬間に、取材相手はどれだけ緊張するだろう、と考える。その緊張感を考えたら、紙とペンを捨てよ、の精神も見えてくるというものだ。

そのためかどうかは解らないが、ノンフィクションの世界には、「暗記取材」というものが存在する。要は、ポイントポイントとなる言葉を覚えておいて、取材後にその穴を埋めてゆく、というものだ。紙とペンを捨てることが、どれだけ大事かは、世にあるノンフィクションの傑作が、多くこの「暗記取材」によって書かれていることからも、容易に了解できる。

さて。では、俺は今回の取材で、「暗記取材」を試みるのか。実はそれも考えた。だが、それでは大先輩に言われた、書く癖をつけるな、という教えに反することとなる。

全くノートを取らない、これが俺が出した答え。全ての取材にこの方法が通用するかは解らないが、取材準備を進める内に思ったのだ。書かなくてもいける、と。

これから取材を繰り返す中で、もちろん「暗記取材」も習得していくことになるだろうが、ふと、取材の原点に立ち返った時、何も使わない取材というものが、とても大切に思えたのである。まあ、場合にもよるだろうけど…(笑)

俺の新しい人脈、加藤わこさん

2010 年 2 月 2 日

加藤わこさんのブログは、ライターのお手本だった。

先月の編集会議で、仲間の記者さんから教えていただいた、加藤わこさん。ITにも通じていらっしゃるようで、改めてブログも見事なものだ。

プロフィールを見ると、現在はICTがどうのと書かれている。まあ、それにしても、一度お目にかかりたいものだと思う。興味津々(笑)

ライターと言えば、以前お会いした高橋マキさんは、残念ながらITには疎く(興味がない)、ただやっているだけ(本人談)のブログだったが、それでもあれだけ読者を惹きつけるものになっているのは、さすがだと感心したものだ。

ところでところで、実はこの二人、あるところで繋がっていた。それは、俺がこの間訪ねた、カフェ「日杳」。ここの店長さんと、加藤わこさんとは、お子さんが同じ年らしく、よく知った仲だとか。そして、高橋マキさんは、ヤマグチノリコさん繋がり。

この「日杳」というカフェ、実はかなり有名なんだそう。良い空間には、人が集まる、ということか。当分、目が離せないカフェである。

今日はこの、加藤わこさんの紹介でした。必ず会ってやる…(笑)

この度の取材に当たって試みる、2つのポイント

2010 年 2 月 1 日

近く、取材で、アレルギー支援の団体の話を聞くことになった。敢えて団体名を出さないのは、媒体掲載前に、情報を出し過ぎるのを懸念してのことだ。配慮、配慮、…(笑)

もちろん団体を取り上げる取材だ。その活動内容から、これからのビジョンまで、基本的なことは聞く。

しかし、取材準備を進める中で、やはり個人的に、ここは話をしたいといったポイントがある。ある意味そういった部分が、記事の中核をなしていくものなのだが、今回はそのポイント(2点ある)をここで書きたいと思う。

まず、アレルギーというのは、かなり一般的に見えて、実は世間には、まだまだその実態は十分に伝わっていないのだということを断っておく。

その上での2点。

1つ目は、アレルギーの子どもを持った母親が、過去の経験を綴った中にあった、この言葉。
「アレルギーに限らず様々な課題をもって子育てをしている人たちのことも知ることができました」。

つまりは、世の中には目には見えない苦労を抱えている人がいる、ということを「想像」できるようになったということ。「想像」とは俺の言葉(正確には友人の言葉)だが、この想像力というのが実はすごく大事で、ある意味何らかの当事者でないと解らない視点でもあるのだが、しかし、それにしても尚、これからの時代、この、他人に対する「想像」ということは必須だと言える。ちなみに、この想像力のない人を、俺は「阿呆」と呼ぶ(笑)

2つ目は、もう少し当事者に突っ込んだところの、「家族の理解」ということ。一見最も近いようでいて、実際難しいのが、この「家族」である。そして、この「家族の理解」が得られるかどうかは、当事者の幸不幸を左右する、大きな難関となる。その実態を、聞いてみたい。

少し長くなったが、この2つのポイント、誰にでも聞けるものではないと自負している。そして、だからこそ、これらをしっかり聞くことで、俺独自の取材ができたということができるのである。

取材が楽しみだ…(笑)

[カフェ発掘]とっても素敵なお店、日杳(ひより)

2010 年 1 月 29 日

カフェ日杳

木の香りがした。叡山電鉄茶山駅から歩いて五分のところにあるこの店は、以前リヒトアルトの山口さんに紹介された、「左京区デ読書」の会場として案内されていた時に目を付けた、「お気に入り」だった。

狭いな、と思った。イベントの会場となるくらいだから、住宅街にあってもそれなりの空間を予測していたのだ。けど、座ってみると、居心地は良かった。テーブルも大きく、返ってゆったりと感じられたものだった。

平日の夕暮れ時、お客は俺一人だけ。店員さんは、二人。応対してくれたのは、少し人見知りする感じの、でも慣れてくるととても穏やかで温かい、女の人だった。

出されたお茶(お水ではない)の横に、小さな冊子が一冊。どうやらこれがメニューらしいと遅れて気づき、ジャバラ式のそのメニューを広げる。決して数は多くない。一通り見て、目に付いたのがカレー。今からでも出せますよと言ってくれたが、ここは閉店間近、お腹も減っていなかったので、オーソドックスにホットコーヒー…ん?アイスは無かったかも、を頼む。

出てきたコーヒーは、味がしっかりしていて量もある。これでお腹いっぱい(笑)添えられたクッキーは、どこか昔懐かしい味。そう言えば、先に飲んだあのお茶も…。

店は、空間としては本当に狭かったが、どこかアンティーク調(?)そう言えば、この店員さんは、造形大出身だとか。うーん、なるほど。所狭しと立てられている雑誌も、芸術関係のものばかり。おっと、絵本もあった。

常連になってやる、店を出てそう思った。良い店と出会った。これからが楽しみだ…(笑)

↑せっかくいい店を見つけたと思ったら、この本に載ってた…(汗)

それでも俺は、自分の文体が持ちたい

2010 年 1 月 28 日

典型的な文体を持つのは、例えば江國香織、英語を話せる人間の典型的な日本語だよね、彼女の小説は。

最近読んだ、寺島実郎の文章は、それこそ異質で、それは恐らく、寺島実郎が数カ国のことばを扱えるからのものだと思うのだが、そこから俺は、文体というものを思った。

今書いている、俺の、自分自身の文章を、自ら客観的に判断することは難しいが、俺も、物を書く人間である以上、独自の文体を持ちたいと、そう思ったものである。

それにしても、俺はズボラだから、外国語を身に付けることはないだろうし、だとすれば、日本人独特の「文体」を持ちたいと思うのである。

日本人独特と言えば、一番に思い浮かぶのが、司馬遼太郎の文章だが、もしかするとアレは、文体ではないのかもしれないという杞憂から、俺は、小林秀雄の文章を思い起こすのだ。

読む人のことを考えて書かれた(少なくとも本人はそう言っている)小林秀雄の文章は、難解に感じつつも、何か、絡み付くような魅力がある。

自分独自の文体を持ちたいなどと、ライターにあるまじき考えを持つのも、また、一つの「贅沢」かな、と思うのである…(笑)